ルネサンス様式の木骨造 / メゾン・カメルツェル

ストラスブールの大聖堂広場に面して残るメゾン・カメルツェル Maison Kammerzell 。ラインラントルネサンス Type Renaissance rhénane の建物で、「ストラスブールで最も美しいメゾン」と言われる。
地上階は石造り (1427) でその上にルネサンス美術溢れる木骨造3階建て、2層の屋根裏部屋 (1589) が載る。
右の建物にオフィス・ド・ツーリズム Office de Tourisme de Strasbourg が入っている。

Maison Kammerzell / Place de la Cathédrale / Strasbourg
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グーテンベルグ広場 と ノイエバウ / ストラスブール

ストラスブールに残るルネサンス建築:Neue Bau (1582-85) 。アルザス瓦を敷き詰めた大屋根に3層の屋根裏部屋。現在は商工会議所が使用している。
TGV が開通して間もない当時 (2007.08.03) 、グーテンベルグ広場 Place Gutenberg (vers 1100) の右端にあるはずのグーテンベルグの像は改修中だった。
グーテンベルグ Johannes Gutenberg (vers 1400-68) は羅針盤と火薬とともにルネサンスの3大発明とされる活版印刷の発明者。ドイツのマインツ出身だがストラスブールに住んでいた頃 (1434-44) に実用化に成功した。
左端の靴店 Salamander のサマランダーはルネサンス王フランソワ1世が用いたエンブレム。

Neue Bau / Place Gutenberg / Johannes Gutenberg / Strasbourg

ストラスブールの 木骨造の家

ストラスブールにある<ルーブル・ノートルダム美術館 Musée de l’Œuvre Notre-Dame 〉の「ゴシックの小庭 Jardinet gothique (1937)」から見える木骨造 (コロンバージュ) の建物。
アルザスの屋根瓦 Tuile alsacienne を戴せた塀の向こうはマロカン通り。アルザスの木骨造の家 Maison à colombages は多様だ

Maison à colombages / Tuile alsacienne /Jardinet gothique / Musée de l’Œuvre Notre-Dame / Strasbourg

シェイクスピアの妻 アン・ハサウェイ の生家

アン・ハサウェイのコテージ Anne Hathaway’s Cottage はチューダー様式の民家としてよく紹介される。ストラトフォード=アポン=エイヴォン Stratford-upon-Avon 近接のショッタリー Shottery にある「シェイクスピアの妻アン・ハサウェイ Anne Hathaway (1556 -1623) の生家」。木骨造り Timber Framing で、漆喰壁と煉瓦壁併用となっている。36ha の農地を持つ豪農だったらしい。

Anne Hathaway’s Cottage / Shottery / England

1595年築の木骨造り /                ストラトフォード=アポン=エイヴォン

ストラトフォード=アポン=エイヴォン の目抜き通り High Street に残る1595年築の木骨造りの建物。当時 (2011.08.11) 劇作家クリストファ・マーロウ Christopher Marlowe (1564-93 ?) の名を取った?Marlowe’s Restaurant が入っていて、吊るし看板 Signage に「1595年新築」と書かれている。
マーロウの出身地カンタベリーには劇場 The Marlowe (2011再建) がある。
彼はシェイクスピアに先駆けたケンブリッジ卒の劇作家でシェイクスピアのゴーストでないかと言われたりする。

Timber Framing (1595) / High Street / Stratford-upon-Avon / England

 

 

ウイリアム・シェイクスピア の 生家

ウイリアム・シェイクスピア William Shakespeare (1564-1616) の生家。イングランド中部のストラトフォード=アポン=エイヴォン Stratford-upon-Avon の Henley Steet に面す。
誕生当時から存在していたとされているが、現状は1769年の版画に基づいて1864年に修復された木骨造り。
シェイクスピアに先駆けた劇作家でシェイクスピアのゴーストでないかと言われたりするクリストファ・マーロウ Christopher Marlowe (1564-93 ?) の名を取った?Marlowe’s Restaurant (1595) は最近廃業してしまったと聞く。

Shakespeare’s Birthplace / Timber Framing / Stratford-upon-Avon / England

シェイクスピア・エイヴォン Shakespeare Avon

シェイクスピア William Shakespeare (1564-1616 ) の生誕地ストラトフォード=アポン=エイヴォン Stratford-upon-Avon を流れるエイヴォン川はシェイクスピア・エイヴォンとも呼ばれる。テームズ川とは真逆にブリストル海峡に流れ込むセヴァーン川 River Severn (11,420㎢) の左支流。
一帯は良く整備・管理された水郷になっていて、ローマ街道もこの付近を渡河した。
渡って町に入る Bridge Foot 橋上から下流方向を望んだところ。正面の建物がシェイクスピア・メモリアル・シアター (1879) に起源をもつロイヤル・シェイクスピア・シアター Royal Shakespeare Theatre 。

River Avon / Shakespeare Avon / Royal Shakespeare Theatre / Stratford-upon-Avon / England

エルキュール・ポワロ / ひらいたトランプ

アガサ・クリスティー原作の Agatha Christie’s Poirot 第55話「ひらいたトランプ Cards on the Table」 の一シーンにケンジントンガーデンズの「アルバートメモリアル」前の階段が使われている。デヴィッド・スーシェ David Suchet 演じるエルキュール・ポワロ Hercule Poirot は左から2人目。

Cards on the Table / Albert Memorial / Kensington Gardens

そのやや右側から撮った (2011.08.09)  Albert Memorial (1872) と階段。

Albert Memorial / Kensington Gardens

 

シャガールのステンドグラス -3 / メース大聖堂

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Vitraux / Marc Chagall / Cathédrale Saint-Étienne de Metz / Metz

以前紹介したランス大聖堂のステンドグラス (1974) に先駆けて、シャガール Marc Chagall (1887-1985) が手掛けたメースのサンテティエンヌ大聖堂 Cathédrale Saint-Étienne de Metz のステンドグラス。
ランス大聖堂同様、ランス生まれのガラス工芸家 Vitrailliste :ジャック・サイモン Jacques Simon (1890-1974) との共同作品 (1960) 。
テーマは左から、「モーセと十戒  Moïse et les 10 commandements」、「ダヴィデとハープ David et la harpe」、「エレミヤ Jérémie」の預言者達。
第二次大戦で被災したものの代替え。

シャガールのステンドグラス -2 / メース大聖堂

以前紹介したランス大聖堂のステンドグラス (1974) に先駆けて、シャガール Marc Chagall (1887-1985) が手掛けたメースのサンテティエンヌ大聖堂 Cathédrale Saint-Étienne de Metz のステンドグラス。
ランス大聖堂同様、ランス生まれのガラス工芸家 Vitrailliste :ジャック・サイモン Jacques Simon (1890-1974) との共同作品 (1960) 。
テーマは下段左から「イサクの燔祭  Ligature d’Isaac」、天使とヤコブの闘い Lutte de Jacob avec l’Ange」、「ヤコブの梯子  Échelle de Jacob」、「モーセと燃える茂み  Moïse devant le buisson ardent」。上段には「ノアの洪水と方舟と虹 Déluge et Arche de Noé et Arc-en-ciel」。第二次大戦で被災したものの代替え。

Vitraux / Marc Chagall / Cathédrale Saint-Étienne de Metz / Metz

シャガールのステンドグラス -1 / メース大聖堂

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Vitraux / Marc Chagall / Cathédrale Saint-Étienne de Metz / Metz

以前紹介したランス大聖堂のステンドグラス (1974) に先駆けて、シャガール Marc Chagall (1887-1985) が手掛けたメースのサンテティエンヌ大聖堂 Cathédrale Saint-Étienne de Metz のステンドグラス。
ランス大聖堂同様、ランス生まれのガラス工芸家 Vitrailliste :ジャック・サイモン Jacques Simon (1890-1974) との共同作品 (1960) 。
テーマは「地上の楽園と原罪 Paradis terrestre et Péché origine」つまり「アダムの創造 Création d’Adam 」。
第二次大戦で被災したものの代替え。

モンマルトルの吊るし看板 Enseigne /        La Crémaillère 1900

モンマルトルのテルトル広場に面したレストラン La Crémaillère 1900 (1926) の吊るし看板  / アンセーニュ Enseigne 。店名の「自在鉤 Crémaillère」を図案化したデザイン。ベルエポック  Belle Époque のパリの雰囲気を味わえた気にさせてくれる。

Enseigne / La Crémaillère 1900 / Place du Tertre / Montmartre

鳥を捕らえた猫 ネバムンの思い描いた死後の世界

ルクソールのカルナック Karnak のアムン (アメン) 大神殿 The great Temple of Amun の会計担当 (員数管理) だったネバムン Nebamun の墓付属の礼拝所の壁に描いたレリーフの一部で、生前の仕事ぶりと合わせて描いた「死後の世界を思い描いた部分」の一部 (BC 1350) 。大英博物館所蔵。
家族そろっての沼地での狩りの様子。田舟のような船に妻子共に乗っている。家族の一員の猫はパピルスの茂みで鳥を捕まえ、ネバムンも別種の鳥2羽を捕獲している。3羽を描いて動きを表現しているものと‥

Nebamun hunting in the marshes / Fragment of a scene from the tomb-chapel of Nebamun / British Museum

堀部武庸加功遺跡之碑 / 水稲荷神社境内

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今日は節分、明日は立春。穴八幡宮に「一陽来復」のお札を貰いにお参りした後、水稲荷神社に立ち寄った。「高田馬場の決闘 (1694) 」、「赤穂義士 (1703)」、「酒豪」で知られる剣客堀部安兵衛を顕彰する<堀部武庸加功遺跡之碑>が立っている。後方の住宅の向こうに決闘の場所があり、旗本等の馬術練習場であり穴八幡宮への奉納流鏑馬が行われた「高田馬場 (1636) 」の一角だった。

堀部武庸加功遺跡之碑 / 水稲荷神社

アッシュールバニパルの「ライオン狩り」/ 大英博物館

アッシリア王国 (BC 2500-605) の王アッシュールバニパル Ashurbanipal (在位:BC 668-627頃) が行った「ライオン狩り Royal Lion Hunts」のレリーフ (BC 645-635頃) 。
円錐のついたバケツ型の Royal Hut で弓を持つ人物が王であることが分かる。約220年前の<アッシュールナツィルパル2世の石柱>に見られる帽子と同じ。
戦車 Chariot の通り過ぎた後に死んだライオン、傷ついたライオン・・なお襲い掛かるライオンには従者の槍が。。
ライオンはやや小型のアジアライオン Asiatic lion で、盾で囲まれたフィールドに放たれたという。他にも槍を持ち騎馬でのライオン狩りなど多様なレリーフが王の宮殿の壁を飾っていた。
象狩り、野生牛 (オーロックス) 狩り、ライオン狩りは王のスポーツだった。

Royal Lion Hunts / Ashurbanipal (BC 668-627 about) / British Museum

アッシュールナツィルパル2世の石柱 / 大英博物館

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Stela of Ashurnasirpal II / Ishtal / Adat / Sin / Shamash / Ashur / Mace / Royal Hat / British Museum

アッシリア王国 (BC 2500-605) の王アッシュールナツィルパル2世 (Ashurnasirpal II 在位:BC 883-859 ) の石柱。楔形文字で碑文が刻まれている。
ロイヤルハットを被り、権力の象徴である権標 :マース Mace を左手に持ち、右手で愛と戦争の女神イナンナ Inanna /イシュタ ール Ishutal を示す八芒星を始めとするシュメール以来の神々を指差している。右へ Adat:雷神  、Sin:月神 / Inanna の父ナンナ、Shamash:太陽神 / ウトゥ、Ashur:最高神 / シュメールのアン、エンリル 、エンキ/ アヌンナキの三重冠のエンブレム。王自らもこの五神のネックレスを着けている。

 

エルキュール・ポワロ at 大英博物館 / 五匹の子豚

アガサ・クリスティー原作の Agatha Christie’s Poirot 第50話「五匹の子豚 Five Little Pigs」の一場面。< レリーのヴィーナス Lely’s Venus (Aphrodite)>が置かれている大英博物館の部屋が使われている。エルキュール・ポワロ Hercule Poirot は右端に立っている。
「五匹の子豚」は英国の伝統童謡:マザー・グースのひとつ。

Five Little Pigs / Agatha Christie’s Poirot / Lely’s Venus (Aphrodite) / The British Museum

レンブラントの自画像 – 2 (1637)

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Self-Portrait in a Black Cap (1637) / Rembrandt van Ryn (1606-69) / The Wallace Collection / London

イングランドの政治家でコレクターでもあったハートフォード侯爵3代目の息子4代目が購入 (1864) した<黒い帽子を被った自画像 Self-Portrait in a Black Cap (1637)>。ハートフォードハウス:ウォレスコレクション所蔵。
近年レンブラントRembrandt van Ryn (1606-69) の真作と認められた作品。
4代目はパリやブーローニュのバガテル城 Château de Bagatelle (1648 から) で人生の大半を過ごしコレクションを充実させた。
「ウォレス / ヴァラスの噴水」等に名を遺す庶子の Richard Wallace (1818-90) が相続した (1870) 。

レンブラントの自画像 – 1 (1633)

<トック (円筒形のつばなし帽) と金のチェーンの芸術家の肖像 Portrait de l’artiste à la toque et à la chaîne d’or (1633)>。レンブラント Rembrandt van Ryn (1606-69) の作品で、ルーブル美術館所蔵。イングランド宮廷に迎えられ (1632) 肖像画家として人気を博していたフランドルの画家ファン・ダイク Anthony van Dyck (1599-1641) を意識した作品とされる。

Portrait de l’artiste à la toque et à la chaîne d’or (1633) / Rembrandt van Ryn (1606-69) / Musée du Louvre

パリ周辺のマリーナ / ファン・ゴッホ港 Port Van Gogh

パリ近郊のマリーナは 内水面マリーナ協会 APPIF 所属の13港がある。その一つファン・ゴッホ港 Port Van Gogh はアニエール=シュル=セーヌ Asnières-sur-Seine にある。対岸はクリシー Clichy 。左にレストラン Le Van Gogh 。2016年6月の洪水では相当の被害が出たと聞く。
ファン・ゴッホがこの辺りでイーゼルを立てた事実があることによる命名。この先セーヌ川は180度蛇行して、アルジャントゥイユ Argenteuil印象派の島 Île des Impressionnistes のあるシャトウ Chatou やクロアジー=シュル=セーヌ Ville de Croissy-sur-Seine 等の町を通過する。印象派の画家達が挙ってセーヌ川を画材にしたフィールドだ。

Port Van Gogh / Port de plaisance intérieur / La Seine / Asnières-sur-Seine

フランスの解放者 ジャンヌ・ダルク の甲冑

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ジャンヌ・ダルクの像の多くは甲冑 Armure を身に着けている。ジャンヌ・ダルク通りに置かれているシャトフース Émile-François Chatrousse (1829-96) 作の<フランスの解放者 ジャンヌ・ダルク の像 Monument à Jeanne d’Arc , libératrice de la France (1887) 1891 設置>の例。

Monument à Jeanne d’Arc , libératrice de la France / Émile-François Chatrousse / Plate (armure) / cartouche / Rue Jeanne d’Arc / Boulevard Saint-Marcel

ヘルメットは着けていないが、ほぼ全身がプレート/板金の甲冑に包まれている。膝や足には伸縮できるよう蛇腹がある、肘も同じ。股には鎖網の防具が見え、鎖帷子と板金の重ね着になっているようだ。つま先は尖っていてゴシックアーマーと呼ばれたりする。甲冑の上にコートと剣を吊るすベルト。
全身を板金で覆うプレートアーマー Armures de plates 時代への過渡期に当たる。
左足で断ち切った鎖を踏みつけて「開放」を暗喩している。
胸元にはキリストの五芒星。
台座に吊るした楕円形の花枠:カルトゥーシュ cartouche でジャンヌ・ダルクの名を囲む。

ピエロに扮したポール / パブロ・ピカソ

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Paul en Pierrot / Pablo Picasso / Musée National Picasso-Paris / Commedia dell’arte / Pierrot / Brighelle

パブロ・ピカソの唯一人の嫡出子、ポール・ピカソ Paul Picasso 4歳の肖像<ピエロに扮したポール (1925)>。母はオルガ・ホフロワ Olga Khokhlova (1891-1955) 。
フランスのピエロ Pierrot はイタリア発祥の仮面を用いる即興演劇「コンメディア・デッラルテ」のストックキャラクター Personnage type の一つであるザンニから派生したブリゲッラ:ブリゲラ  Briguelleの流れを汲むようだ。白い服と口元を隠さない黒の仮面がその属性。
ピカソ美術館 Musée National Picasso-Paris 所有。

大坂なおみ 全米オープンに続き全豪オープンを制す。Félicitations !

アルルカンのポール Paul en Arlequin / パブロ・ピカソ

   depuis  2001

Paul en Arlequin / Pablo Picasso / Musée National Picasso-Paris / Commedia dell’arte / Arlequin

パブロ・ピカソの唯一人の嫡出子、ポール・ピカソ Paul Picasso 3歳の肖像<アルルカンに扮したポール Paul en Arlequin (1924)>。母はオルガ・ホフロワ Olga Khokhlova (1891-1955) 。
イタリア発祥の仮面を用いる即興演劇「コンメディア・デッラルテ」のストックキャラクター Personnage type の一つである道化役者のアルルカン Arlequin が使用する衣装を着ている。菱形模様が属性。ピカソ美術館 Musée National Picasso-Paris 所有。

セーヌ川の レンタルボート Insolite

レンタルボート< Bateaux de Paris>の Insolite 号。他に Belle Vallée 号と Louisiane Belle 号を所有している。アルコル橋 Pont d’Arcole から。                               2017.08.04.
対岸はサン=ルイ島の最下流端、ルイ・アラゴン広場。階段を昇ればルイ・フィリップ橋。

Insolite / Bateau de Paris / Place Louis Aragon / Pont d’Arcole / La Seine

みゆき通りの泰明小学校前

銀座のみゆき通りに面した泰明小学校。街燈、門扉、門灯ともに洋風。関東大震災後建て替えられた校舎は重厚。みゆき通りの命名には幻の東京オリンピック 1940 と藤田嗣治 / 嗣治 Foujita 等の文化人が関係しているらしい。
「鮨 かねみつ」は右側を右に折れればすぐ。この日はカナダからの若い観光客男女4名が同席した。東京、京都、大阪を巡るグルメ旅だという。             2019.01.16.
「泰明小学校 (1878) 」は開校140周年のようだが、母校の克明小学校 (1874) は既に通過した。♬ 六甲おろしの冬の日も・・栄えある歴史汚さじと克明健児意気高し フレー・・運動会の応援歌を思い出した。姫路のみゆき通りは駅前から姫路城へのアーケード街。

みゆき通り / 泰明小学校 / 銀座 / 東京

ブラックフライアーズ の 跡 / カンタベリー

カンタベリーのブラックフライアーズ Blackfriars (ドミニコ修道士の家) の跡がグレートストア川の両岸に残っている。現存する2棟の左が修道士の食堂、右がホールの建物だった。
ヘンリー3世 Henry IIIに土地を与えられて設立され (1237) 、ローマ・カトリック教会からイングランド国教会を分離したヘンリー8世 Henry VIII によって解散させられ資産は没収された (1538) 。直後は製織工場として使われたようだ。橋はフライアーズ通り The Friars 。王の橋 (12世紀) はもう一つ上流に架かる。
ドミニコ会は聖ドミニコが設立した (1206、1216認可) カトリックの修道会で、黒い修道士 Black Friars と呼ばれたのは黒の外衣を着ていたことによる。

Blackfriars / River Great Stour / Canterbury / Kent / South east / Engrand

The Old Weavers House オールドウィーバーズハウス

   depuis  2001

オールドウィーバーズハウス:織工の家 The Old Weavers House (1500) 。12世紀には存在したとみられているが、エリザベス1世 (在位:1558-1603) の許可を得て宗教弾圧から逃れてきたフランドルの製織業者が住み着いたことにその名を由来する。
The Old Weavers House の吊るし看板 Signage が切妻に、The Weavers / Restaurant のそれが1階の軒下に吊るされている。
右端: River Great Stour に架かる王の橋 King’s bridge (12世紀) を境に St Peter’s Steet から High Street に変わる。

   2017.08.20.

The Old Weavers House / Canterbury / Kent / South east / Engrand

カンタベリーの「水責め椅子 Ducking stool 」

カンタベリーの市中を流れる Great Stour 川で見ることのできる「水責め椅子 Ducking-stool 」。懲罰椅子 Cucking-stool の一種でがみがみ女 Common scold やふしだらな女等を懲らしめるために用いた。1967年まで慣習法 / コモンロー Common Law として存在した。
ボートの上に見える跳ね上げられた椅子:懲罰のための刑具は後に中世の魔女狩りにも使用されたという。椅子に縛り付けられた罪人が汚物にまみれた グレート・ストア川に沈められるのを手前のハイストリートの王の橋 (12世紀) の上から市民が見物した。生き延びれば魔女の烙印を押され、死ねば無実というものだった。
橋詰めの建物は 織工の家 The Old Weavers House (1500) 。12世紀には存在したとみられているが、エリザベス1世の許可を得てフランドルの製織業者が住み着いたことに由来する。

Ducking stool / River Great Stour / The Old Weavers House / Canterbury / Kent / South east / Engrand

 

ライ Rye の城門「ランドゲート The Landgate」

フランスと対峙する港としてのライの重要性が高まる中、エドワード3世 Edward III (在位:1327-77) の治世に入って、ライ城 (1249) に加えて丘上の町:ライを囲む城壁と4つの門の建設を始めた。The Landgate (1329) はその一つで唯一現存する門だ (城内から) 。
百年戦争 (1337-1453) に入って1339 、1377、1449年にフランスの攻撃を受けた。聖母教会 St Mary Church (1103-) の鐘が奪われた1377の攻撃では町中が焼き尽くされ、1449には石造の城壁と4門が完成していたにもかかわらず被害を受けたという。

The Landgate / Rye / East Sussex / South East England / England

ライの聖母マリア教会の「塔時計」

   depuis  2001

The clock on the turret / The golden weather vane / St Mary’s Church / Rye / East Sussex / South East England / England

12世紀初頭に建設されたライの聖母マリア教会 (1103) はイーストサセックス大聖堂と呼ばれるほどの格式があったらしい。フランスに持ち去られた St Mary’s Church の6口(個)の鐘を奪回した (1377) ものの、鐘の一つは侵攻時の警鐘用に Watchbell Street に吊るされることとなり、教会に返されたのは16世紀に入ってからだった。新しく設置し直された打鐘時計 (1561頃) は今も現役の「塔時計 turret clock 」の中では最古のものの一つとされている。振り子は後に加えられ、時計版と15分を刻む「Quarter Boys」は1760年に取り付けられた。さらに、6口の鐘は改鋳され2口の鐘が増設されて (1775) 現在に至っている 。
風見鶏 (1703)。
ソロモンの知慧 2章5節 冒頭<For our time is a very shadow that passeth away. らの生涯ぎゆく>。

ライ城 Rye Castle / イプラタワー Ypres Tower

ウイリアム1世がイングランドを征服してノルマン朝を開いて以来 (1066) 、ライ Rye を含む海岸線は大陸との重要なルートとなった。しかし、ジョン欠地王の時代に大部分の大陸領を失い (1214) フランスにライ Rye を奪われたりするに至った。
ライを奪還した (1247) ヘンリー3世 (在位:1216-72) がライ城 Rye Castle / Ypres Tower の建設を許可し (1249) 、防御の強化を図った。百年戦争 (1337-1453) 期間中にはフランスに占領され St Mary’s Church の鐘が持ち去られ (1377) 翌年取り戻すということもあった。

はためくのはイングランドの国旗。

Rye Castle / Ypres Tower / Rye / East Sussex / South East England / England

ライ Rye の帽子屋 の 突き出し看板 Signage

サウス・イースト・イングランドの中で、カンタベリーやドーヴァーの属すケント州の西側に接するイーストサセックス州の町ライ Rye の帽子屋 Hatter’s House、「Herald and Heart Hatters の突き出し (袖) 看板 Signage 」。建物ともども中々趣がある。

Signage / Herald and Heart Hatters / Rye / East Sussex / South East England / England

カンタベリーで見た パブサイン Signage

カンタベリー大聖堂への入り口 The Christchurch Gate  前の広場に面したパブ The Old Buttermarket (1873) のパブサイン。ここには500年以上も前からパブ Pub / Public House があったという。広場で催されていたバターマーケットを店名とし、吊るし看板 Signage に当時の風情を伝えている。

Signage / Pub Sign / The Old Buttermarket / Butter Market / Canterbury

カンタベリーの「バターマーケット Butter Market 跡」

カンタベリー大聖堂への入り口 The Christchurch Gate  横の Cathedral Gate Hotel の昔ガラス越しに見た広場 Butter Market 。ここでバター市場が開かれていた名残り。
ここに500年以上前からパブ (Public House) があり (現在:The Old Buttermarket (1873)) 、駅馬車のための Black Boy というコーチングイン Coaching Inn があった (1600s-1908) 。
馬の水飲み場があったと思われる位置に第一次大戦 The Great War 1914-1919 の慰霊塔が立っている。トーマス・ベケットの紋章:三羽のベニハシガラスを組み込んだ「カンタベリーの市章」も見える。風景が歪んで見えるのは窓ガラスのせい。       2017.08.21.

Butter Market / The Christchurch Gate entrance to Canterbury Cathedral / Canterbury

ギニア ã‚®ãƒ‹ã‚¢ã®å›½æ——

ルーベンスが模写したラファエロの・・・

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Portrait de Baldassare Castiglione de Raphaël / Peter Paul Rubens / The Courtauld Gallery

ルーヴル美術館にあるラファエロ Raphaël (1483-1520) が描いた<バルダッサーレ・カスティリオーネの肖像 Portrait de Baldassare Castiglione >を模写したルーベンス Peter Paul Rubens (1577-1640) の作品がコートールドギャラリーにある。レンブラントもこれをスケッチし自画像の構図として用いたといわれる。

Portrait de Baldassare Castiglione, écrivain et diplomate / Raphaël / Musée du Louvre

釜山の市街を遠望する。。

松島海上ロープウェー Busan Air Cruise から見た釜山の市街地です。中央から右に南港大橋、左に松島海水浴場 Songdo Beach と松島クルム散策路、右端に影島 Yeongdo です。画面中央「釜山タワー 120m 」の右側の奥が釜山の中心地「西面 Seomyeon 」で、4泊したロッテホテル 釜山もあります。カメラの背後は対馬の方向です。    大晦日 2018.12.31.

松島海上ロープウェー / 松島海水浴場 / 南港大橋 / 釜山タワー / 釜山

 

山手線新大久保駅ホームから大久保通りを

東京都美術館でムンク展を鑑賞し、銀座1丁目の「俺のフレンチ」で昼食をとり、山手線外回り新大久保駅で下車しました。ホームから大久保通りを飯田橋方向に見たところです。両側の狭い歩道は人で溢れていました。最近はこの界隈を多国籍タウンと呼ぶ人もいるそうです。
画面奥の建物は飯田橋西口の再開発事業:飯田橋グラン・ブルームの住宅棟です (2014/150m) 。改良工事中の新大久保駅の混雑は異常で、改札を出るのに15分もかかりました。

2019.01.04.

大久保通り / JR 新大久保駅ホーム

広重が彫った「懸造りの清水観音堂と月の松」

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上野清水堂不忍ノ池を新しいウィンドウで開きます。

東叡山寛永寺の一角「清水観音堂」(1631/1694 移築) を舞台下から見上げたところです。
京都清水寺に倣った懸造り (舞台造り) で中央に「月の松」が復元 (2012) されています。
広重は「名所江戸百景」(1856) にこれを描いています (国立国会図書館ホームページより) 。
天台宗の寛永寺は比叡山延暦寺が京都御所の鬼門を守るのに倣って天海が江戸城の鬼門封じとして開基したもので、山号を東叡山と称しました。

2019.01.04.

清水観音堂 / 月の松 / 名所江戸百景 / 歌川 (安藤) 広重 / 上野恩賜公園

 

「叫び」 ムンク展 / 東京都美術館

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東京都美術館で開催中の「ムンク展-共鳴する魂の叫び」に行ってきました。
建て替え中 (2020) のオスロ市立ムンク美術館のコレクションが来日しています。
エドヴァルド・ムンク Edvard Munch (1863-1944) の代表作「叫び Skrik / Le Cri / The Scream (1893)」: 油彩画 (オスロ国立美術館のホームページより,写真左) がオスロ国立美術館に買い上げられた (1905) 後にテンペラ画で再制作された同構図の「叫び (1906) 」を見ることができました (写真下) 。

2019.01.04.

 

叫び / ムンク展 Munch -共鳴する魂の叫び / オスロ市立ムンク美術館 / 東京都美術館

2019 初詣は神田明神から湯島天神へ

神田明神へ初詣して後、清水坂下から真直ぐ湯島天神へ向かいました。三組坂上に至ると三組坂下の方から参拝客の列が連なっていました。湯島天神 表鳥居前から拝殿を見たところです。規制されていて境内に入ることすらできませんでした。仕方なく左へ屋台を覗きながら湯島天神入り口交差点前の鳥居を抜けて不忍池で一休みしました。
湯島天神はアメノタヂカラオを祭神として創建された (464) と伝えられ、後に菅原道真を勧請、合祀したそうです (1355) 。
神紋は銅製の鳥居にある加賀梅鉢。上野東叡山寛永寺が別当寺でした。

湯島天神 表鳥居前 / 湯島天神 拝殿 / 湯島天神

2019 初詣は神田明神へ ③ 神田明神 拝殿

やっと神田明神 拝殿です。拝殿、幣殿、本殿が一体となった権現造りです (1934) 。コンクリート造で瓦は本瓦型の銅板葺になっています。
出雲系氏族創建のため祭神はオオナムチ (730) 、後に平将門を相殿 し (1309) 、ここではえびす様と呼ばれるスクナヒコナ (1868) が加わりました。神紋は出雲大社の「二重亀甲紋と剣花菱」ではなく、八幡系の「尾長左三つ巴」です。
参拝後、社殿後方になる神田明神裏参道の急で長い階段を下りて湯島天神に向かいました。

神田明神 拝殿 / 神田明神 / オオナムチ・スクナヒコナ・平将門 / 尾長左三つ巴 / 2019初詣

2019 初詣は神田明神へ ② 神田明神 随神門

参道いっぱいの参詣者と神田明神 (神田神社) 随神門です。
幕府の手でこの地に遷座 (1616) して以来「江戸総鎮守」とされました。それまでは大手町の将門首塚の付近にあったようです。
今年の元旦は風のない快晴に恵まれました。

神田明神随神門 / 神田明神参道 / 神田明神 / 江戸総鎮守

 

2019 初詣は神田明神へ ① 神田明神鳥居前

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神田明神 / 神田明神 鳥居 / 神田明神 隨神門 / 2019初詣

2019 初詣は神田明神から湯島天神へ詣でました。
神田明神鳥居前から隋神門までの参道を埋める参拝者の行列です。
JR 総武線でお茶の水下車、湯島聖堂を経て神田明神に初詣、裏参道を降りて清水坂下から真っすぐ湯島天神へ。
不忍池に出て持参の巻き寿司で昼食。湯島三丁目からバスで帰宅。
湯島聖堂は川之江・農人町出身の儒学者尾藤二州が教授を務めた昌平黌学問所があったところです。

2019.01.01.

 

6年前の大晦日は「オペラ・バスティーユ」で

6年前の大晦日はパリで過ごしました。和服でおめかししてオペラ・バスティーユでのバレエ公演<ドン・キホーテ Don Quixote >を鑑賞しました。入場前の Opéra Bastille 前の賑わいの様子です。
振付/演出はルドルフ・ヌレエフ (1981) 、原振付はマリウス・プティパ (1869) でした。

Opéra Bastille / Don Quixote

サバンナの夜明け サウス・ルアングワ国立公園

Wildlife Camp から見た、ザンベジ川の左支川ルアングワ 川 Luangwa River の対岸から昇る朝日です。                           2017.06.01. 6:13

Luangwa River / South Luangwa National Park / Wildlife Camp / Zambia

ザンベジ川左支流「ルアングワ川」の夕焼け

一帯のサバンナはサウス・ルアングワ国立公園 South Luangwa National Park 。ルアングワ川 (全長 800㎞ ) はザンビアの北東部を流れ、ザンビアとジンバブエとモザンピークとの国境でザンベジ川 (流域面積 139万㎢ ) に合流する自然河川。      2017.06.01. 17:25

Luangwa River / South Luangwa National Park / Zambia

マリニー広場にあるジャン・ジョレス公園

Le Petit Bofinger (現 Chez Comus (2018)) から見たジャン・ジョレス公園 Square Jean Jaurès 。ヴァンセンヌ市庁舎前のマリニー広場 Cours Marigny の南端。
ジャン・ジョレスは第一次大戦に反対した社会主義の政治家。フランスがユニオン・サクレ Union sacrée (神聖同盟) に入る前日に暗殺された。公園には一次、二次大戦戦没者の慰霊碑がある。                                2008.12.09.
店内のサンタクロース Le père noël の右のツリーのヘッドには五芒星 Étoile de Noël 。サンタの帽子はフリジア帽だという。

Square Jean Jaurès / Chez Comus (Le Petit Bofinger) / Le père noël / Sapin de Noël / 五芒星 Étoile de Noël

「パリディズニーランドストア」のクリスマスツリー

Disneyland Paris の Disney Store に置かれているクリスマスツリーです。満 90才になった Michy が手を振っています。飾り紐についている星は八芒星です。

Sapin de Noël / Disney Store / Disneyland Paris / Octagramme

Musée H.T. Lautrec の学芸員がパリから帰国しました。明朝プサンに向かい新年を迎えます。

ギャラリー・ラファイエット本館 の歳末

ギャラリー・ラファイエット本館 Galeries Lafayette Haussmann のディアギルヴ広場側からのクリスマス仕様です。ここしばらく同じです。開店前なので人の出が極端に少ないです。2018.12.06.

Galeries Lafayette Haussmann / 40 Boulevard Haussmann / Place Diaghilev

ラファエロの「聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ」

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La Vierge à l’Enfant avec le petit saint Jean-Baptiste, diteLa Belle Jardinière / Raphaël / Musée du Louvre

今回は案内をお願いしてルーブル美術館を訪れました。そのメニューの一つだったラファエロ作の「聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ La Vierge à l’Enfant avec le petit saint Jean-Baptiste, diteLa Belle Jardinière 」です。フィレンツェ滞在中の作品です (1507 ou 08) 。三角形の構図はダヴィンチ、捩じったキリストの姿勢はミケランジェロの影響を表しているそうです。十字の杖はヨハネの属性です。
覗いて見えている聖母の足と指の長さに違和感を感じました。レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子 La Vierge à l’Enfant avec sainte Anne (Vers 1508) 」の足と酷似していると思いました。

 

ロックフェラーセンターのクリスマスツリー 十二芒星

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Christmas tree / 45 Rockefeller Plaza / New York

1931年以来の伝統を持つロックフェラーセンターのクリスマスツリーの星は十二芒星 (六芒星) 。スワロフスキー製。2005.12.23. の写真だが、今年も同じだろう。
ツリーは生樹で、空輸されてくると聞く。パリでもそうだ。店でも家庭でもクリスマス用に育てた樅の樹が使われる。

ウインドウショッピング 53 Au Paradis Gourmand

ヴァンセンヌのミディ通り9番地 9 Rue du Midi の グルメ天国 Au Paradis Gourmand のウインドウとクリスマスの飾り付けです。サンタクロース Le père noël とツリー Sapin de Noël と五芒星 Étoile de Noël と花綱飾り guirlande 等で装飾しています。
ケータリングを扱っているようです。

Au Paradis Gourmand / Vincennes

ヴァンドーム広場のクリスマスツリー 2018

   depuis  2001

ヴァンドーム広場の西面のクリスマスツリー  Sapin de Noël 2018 です。
国旗が掲げられている所が司法省で、その向こう隣がリッツ・パリになります。
夜ではありません。撮影時間は午前8時10分 (2018.12.04.) です。
この日、Ritz PARIS で朝食しました。

Sapin de Noël / Place Vendôme

羽田空港国際線ターミナル展望台から

「羽田空港国際線ターミナル展望台」から東京湾ウォーターフロントを臨む。2012.12.11.
中央から右に墨田区の「東京スカイツリー (634m):2012」、左に港区の「東京タワー (333m):1958」が見える。東京タワーに昇って60年。下りは階段だった。

羽田空港国際線ターミナル展望台 / 東京スカイツリー / 東京タワー

<鮨 かねみつ>へお友達と

「銀座 久兵衛」にホテルオークラ東京店を含め19年勤めて独立 (2015) した兼光 隆 店主の「鮨 かねみつ」へ行ってきました。最近、ホテルオークラへの出店を巡って話題になりました。
久兵衛を上回る人気・・分かるような気がしました。

鮨 かねみつ / 銀座6丁目

 

ルイ・ヴィトン・メゾン・ヴァンドーム の師走

ヴァンドーム広場2番地 2 Place Vendôme のルイ・ヴィトン・メゾン・ヴァンドーム Louis Vuitton Maison Vendôme (2017) です。
石畳の舗装も打ち直されました。Paris 2024 に向けて着々と整備が進んでいます。
以前、左角には Bucchellati が入っていました。

Louis Vuitton Maison Vendôme / Place Vendôme

パリ・和魂洋才展の報告をする てんぷら 小野 にて

Japonismes 2018 の一環としてパリで開催中だった「和魂洋才展」に行ってきました。
作品を出展された金崎氏が雪舟展で上京中でしたので、八丁堀の「てんぷら 小野 」にてその報告をしました。
昨年の11月にギャラリー・イグレックにおいて<金崎峰萃 60年の墨痕 天地の美禄展をされる以前からのお付き合いです。

てんぷら 小野 / 八丁堀

リッツ / パリ の クリスマスツリー Sapin de Noël

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Sapin de Noël / Étoile de Noël / Ritz Paris

ヴァンドーム広場の Riz Paris の Sapin de Noël です。
ヘッドに星はありません。
樅の木 Sapin の飾りつけ、足元にも<ノエルの星 Étoile de Noël (五芒星)>を沢山見ることができます。

2018.12.04.

羽田空港 (国際線) でクリスマスツリー

このクリスマスツリー Sapin de Noël には<ベツレヘムの星 Étoile de Bethléem (八芒星) >が載せられていて、飾り付けに<ノエルの星 Étoile de Noël (五芒星)>が使われている。
パリからの帰国を出迎えた機会に、初めて出発ロビーの上のレストラン街や展望デッキに行ってみた。

Sapin de Noël / ベツレヘムの星 Étoile de Bethléem (八芒星) / ノエルの星 Étoile de Noël (五芒星) / 羽田空港 (国際線)

エルメスの「カドゥケウス」

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Mercure inventant le caducée / Henri Chapu / Musée d’Orsay

ギリシャ神話で神々の伝令エルメスが所持するカドゥケウス Caducée d’Hermès 。エルメスはローマ神話ではメルキュール。
アンリ・シャピュ Henri Chapu (1833-91) は蛇を操りながらカドゥケウスを創造する様をこのように彫刻した。Mercure inventant le caducée (1863) という作品。オルセー美術館にて。
メルキュールのもう一つの属性に翼があり、カドゥケウスの頂部に置かれることも多いが、彫像では頭部と足首 (サンダル) にある。頭部のそれはよくある鍔広の兜にではなく直に生えているように見える。

フランスの国章 / マダム通りの元小学校

レンヌ通りとフール通りとの交差点を南にマダム通り Rue Madame を入った所にあるレンガ造りの建物 (マキシミリアン・ヴォックス高校) 、元パリ市立小学校 L’école élémentaire (1891) に見られるフランスの国章 (現在パスポートに使用されているもの:Emblème officieux de la République française) 写真外の左側にはパリの市章が置かれている。
マダム通り (1790:リュクサンブール公園内) のマダム Madame はナポレオンの百日天下を挟んで復古ブルボン朝のフランス王 ルイ18世 (在位 1814-24) の妃マリー・ジョゼフィーヌ・ド・サヴォワ Marie-Joséphine de Savoie (1753-1810) の愛称だった。

Emblème officieux de la République française / Rue Madame

ジャン・グジョンによる「四季」の浅浮彫り

「四季」はルネサンス期に好まれて採り上げられた制作テーマだが、これはジャン・グジョン Jean Goujon (1511-67) の作品。ピエール・レスコー Piere Lescot (1515-78) 建築の Hôtel Carnavalet (1548-60):(現) カルナヴァレ美術館の壁面にある。
左から春夏秋冬の「四季 Quatre Saisons 」を表す寓意像になっている。そして、像それぞれの上に黄道十二星座の牡羊座、かに座、てんびん座、やぎ座を刻んだ。春分、夏至、秋分、冬至を象徴する。
春は花輪・花飾り、夏は麦と鎌、秋はブドウ、冬は外套が寓意している。
ルイ14世の像 Statue de Louis XIV はアントワーヌ・コワズヴォ Antoine Coysevox (1640-1720) の作品で後に置かれたもの。

Quatre Saisons / Jean Goujon / Hôtel Carnavalet / Musée Carnavalet / Statue de Louis XIV

パリの街燈 réverbère 56 ベートーベン通り

   depuis  2001

ベートーヴェン通り Rue Beethoven の階段部分 escalier の街燈。他で見た覚えがない。
右奥にセーヌ川。車道部分は突き当り:行き止まりになっている。
左側に直ぐトロカデロ庭園 Jardins du Trocadéro が位置する。

Rue Beethoven

7091

パリの公園にある樹々 / パリ市の案内板

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les arbres des jardins a Paris

<パリの公園にある樹々 les arbres des jardins a Paris >の案内板。
上段の左から右へ順番に、ヨーロッパイチイ、トウグワ、ムクロジ、キリ、トネリコ、キササゲ、サンザシ、セイヨウハナズオウ (ユダノキ) 、ヤマザクラ。
葉、花、実と樹形が示されていて分かりやすい。

 

マクロン大統領は燃料税引き上げ半年延期に引き続き撤回を決定。

エッフェル塔百態 155 夕暮れのコンコルド広場

夕暮れ (2012.11.24:17時07分) のコンコルド広場。右からルクソールのオベリスク Obélisque de Louxor 、エッフェル塔 Tour Eiffel 、クリスマスツリー Sapin de Noël 、吻側柱型街燈  Lampadaire colonne rostrale 、観覧車 Roue de Paris が空に突き出ている。オベリスク、エッフェル塔、街燈は未だ点灯していない。

Tour Eiffel / Place de la Concorde / Obélisque de Louxor / Sapin de Noël / Lampadaire colonne rostrale / Roue de Paris

パリは12月1日土曜日から連日、凱旋門周辺での燃料税引き上げに対する抗議デモで大荒れのようだが・・

「貴婦人達の城」といわれるシュノンソー城

シュノンソー城 は<貴婦人たちの城 Château des Dames >と呼ばれるが、その一人目は城をデザインし、監督した (1513-21) キャサリン・ブリソネ Katherine Briçonnet (1494-1526) 。シャルル8世の侍従トマ・ボイエ Thomas Bohier 夫人だ。
シェール川を利用したマルクの製粉所跡にルネサンス様式の城を建設した。左の<マルクの塔 Tour des Marques >(1430頃) はドンジョンの上に鐘楼を追加する等の改造をして残した屋敷の一部。
アンリ2世の愛妾 (1538-66) ディアーヌ・ド・ポワチエ Diane de Poitiers (1500-66)、
王妃カトリーヌ・ド・メディチ Catherine de Médicis (1519-89 : 在位 1547-59) 、アンリ3世王妃ルイーズ・ド・ロレーヌ=ヴォーデモン、アンリ4世の愛妾ガブリエル・デストレ、ヴァンドーム公セザール夫人のフランソワーズ・ド・ロレーヌ、啓蒙運動にサロンを提供し、フランス革命を乗り切ったルイーズ・デュパン等錚々たる貴婦人達に愛された。
シェール川に架かるディアーヌ橋 Pont de Diane を建設したのはディアーヌ・ド・ポワチエであり、橋上のギャラリー部分は王妃カトリーヌ・ド・メディチ によって増築された。

Château de Chenonceau / Tour des Marques / Katherine Briçonnet / Diane de Poitiers / Catherine de Médicis

シュノンソー城のスフィンクス

アンリ2世の愛妾 (1538-66) で、王妃カトリーヌ・ド・メディチ Catherine de Médicis (1519-89 : 在位 1547-59) との確執で知られる、ディアーヌ・ド・ポワチエ Diane de Poitiers (1500-66) がアンリ2世から貰った (1547) シュノンソー城 Château de Chenonceau
モノグラムが HC なのか HD  なのかで話題となるディアーヌ・ド・ポワチエだ。
そのシュノンソー城入口に置かれているスフィンクス。         2015.01.14.

Sphinx / Château de Chambord

 

ウインドウショッピング 52 boutique NOXA

コレット広場の boutique NOXA (Les Drapeaux de France) のウインドウ。
中段のクリスマスツリー Sapin de Noël の二つに<ベツレヘムの星 Étoile de Bethléem (八芒星) >が載っている。他の二つにはイギリス風にクリスマスエンジェルを載せている。

Sapin de Noël / Étoile de Bethléem / Les Drapeaux de France – boutique NOXA / Place Colette

しゃがんだ ヴィーナス / ヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿北側の階段に置かれている<しゃがんだ ヴィーナス Vénus accroupie>。アントワーヌ・コワズヴォ Antoine Coysevox (1640-1720) の作品 (1685-86) 。
ブロンズに置き換えられる前にはルーヴル美術館 (ランス Lens 分館) にあるマーブルの原像があった (1692-1871) 。古代ギリシャの彫刻家フィディアス Phidias のサインがある (偽らしいが) 古代の彫像をコワズヴォがコピーしたものとされる。一見して、< レリーのヴィーナス Lely’s Venus (Aphrodite)>に骨格が似ている。。。
今朝早朝、Musée H.T. Lautrec のオーナーがパリに向け出発しました。ヴェルサイユ宮殿 Château de Versailles も訪れる予定のようです。

Vénus accroupie / Antoine Coysevox / Château de Versailles

ハローキティ 多摩センター パルテノン大通り

京王と小田急の多摩センター駅前からパルテノン大通りを見たところ。ハローキティ
突き当りにパルテノン多摩と多摩中央公園。途中にクリスマスツリー。頂部に載るベツレヘムの星は五芒星。パリでもノエルの星 Étoile de Noël として一般的だ。
閉店したマドレーヌ広場のエディアールのウインドウには八芒星が・・

ハローキティ HELLO KITTY / パルテノン大通り / 多摩センター駅前

11月末の多摩センターの夜

京王相模原線、小田急多摩線の多摩センター駅前のパルテノン大通り(左右)とハローキティストリートとの交差点に置かれたクリスマスツリー。奥に、サンリオピューロランド。
人工地盤を加えつつ、地形を生かした巨大な歩行者専用空間が創出されている。
新宿から京王線で直通、30分。

多摩センター / パルテノン大通り

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アンドロメダとペルセウス / ドラクロワ

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Persée et Andromède / Eugène Delacroix / Staatsgalerie, Stuttgart

ウジェーヌ・ドラクロワ Eugène Delacroix (1798-1863) が描いたアンドロメダとペルセウス Persée et Andromède (1853) 。シュトゥットガルト州立美術館所蔵。
紹介済みのアンドロメダとペルセウス / ティツィアーノの構図ではなく、アンドロメダを右側に置くヴェロネーゼの構図を採っている。

ルーヴル美術館で催されたドラクロワ展にて。

 

 

Perseus and Andromeda / Titian / The Wallace Collection / London

アンリ2世のモノグラム / アンリ2世の階段

アンリ2世の時代のルーブル宮建設 (レスコー翼) で造られた<アンリ2世の階段 Escalier d’honneur> (右側) を上り切ったところにあるアンリ2世 Henri II とディアーヌ・ド・ポワチエのモノグラム HD
王妃 Catherine de Médicis の C ではなく、愛妾だった Diane de Poitiers の D に見える。
フランスルネサンスの記念碑とされる階段の天井にもディアーヌ・ド・ポワチエを暗喩するアンリ2世のアンブレーム:三日月がある。Jean Goujon (1511-67) の作品 (1555-56) 。
ドラゴンを殺す大天使サン=ミッシェルのメダリオンを吊るした、飾り紐とサンジャック (モン・サン=ミッシェルへの巡礼者の象徴) が交互のネックレス:サン=ミッシェルの勲章 Ordre de Saint-Michel 。
王冠と勲章で飾られた盾にHD 。HD の代わりにフルール・ド・リス3ツが入ったのがアンリ2世が用いた王の紋章。
アンリ2世の愛妾 (1538-59) ディアーヌ・ド・ポワチエ Diane de Poitiers (1500-66) と王妃カトリーヌ・ド・メディチ Catherine de Médicis (1519-89 : 在位 1547-59) との確執はシュノンソー城 Château de Chenonceau の例が象徴的だが、明確に HD ⇒ HC への書き換えにも執着したというのだが・・

Monogramme HD / Escalier Henri II / Musée du Louvre

 

ウインドウショッピング 51 Galerie De Medicis

古くから、胴体の一部をカットした彫像で知られるブルーノ・カタラーノ Bruno Catalano (1960-) の作品を取り扱っている Galerie De Medicis (1998) の店頭。
ヴォージュ広場に面したアートギャラリーの一つ。最近はアートギャラリーの出店も増え、賑わいが戻ってきた。

Galerie De Medicis / Place des Vosges / Bruno Catalano

幽玄のメース大聖堂

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Cathédrale Saint-Étienne de Metz / Portail de Blondel / Metz

メース (メッツ) のサン=エティエンヌ大聖堂 Cathédrale Saint-Étienne de Metz の夜。
正面入口 Portail néoclassique de Blondel (1764) のある西面。
サン=ジャック広場は人で一杯。
光と音の芸術は見る度深化しているようだ。

ランスの夜……幽玄のランス大聖堂

王座の関税徴収所の円柱に立つサン=ルイ (ルイ9世)

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Statue de Saint-Louis / Colonnes de la Barrière du Trône / Place du Trône

ナシオン広場のヴァンセンヌ側に隣接する王座の広場にあったフェルミエー・ジェネローの城壁 Mmur des Fermiers généraux の王座の関税徴収所の円柱 Colonnes de la Barrière du Trône の頂部の一つに置かれているサン=ルイ (ルイ9世) の立像。
十字軍 (第7回、第8回) の出で立ちで、胸には十字、腰にはサン=ルイの用いたフランス王の紋章の盾が。
Antoine Étex (1808-88) の作品 (1845) 。

 

ギャラリー・イグレック の花々 238 ホトトギス – 2

前に紹介したホトトギスとはとはちょっと違うように見えるホトトギス。場所も開花時期も違います。カナメモチの落葉と実が。。               2018.11.12.

ホトトギス / Galerie Y.

 

ギャラリー・イグレック の花々 236 ヒイラギ

ヒイラギの花です。モクセイ科モクセイ属の常緑小高木。二本の雄蕊が突出して長いです。奥に見えるヒイラギモクセイより1ヶ月程遅く開花します。
葉の棘が少なくなってきているのは老木の証です。              2018.11.12.

ヒイラギ / Galerie Y.

ギャラリー・イグレック の花々 235 ネリネ

毎年この時期に咲くネリネ Nerine の花です。咲き初めで、まだ萼が付いています。
アフリカ原産で、ヒガンバナ科ネリネ属の植物です。
アガパンサス、アマリリスとヒガンバナの特徴を併せ持っているように見えます。

ネリネ Nerine / Galerie Y.

明治通りから花園神社「大酉祭」を眺める

環状5号線:明治通りから花園神社「大酉祭」の模様を。提灯で大鳥居も見えない。
ここの隠れた名物は奉納提灯左下にある「見世物小屋興行」が行われることらしい。
九段の靖国神社の「みたままつり」でも興行されるが都内で他にはないらしい。昔々、千日前で見た記憶がある。

花園神社「大鳥祭」/ 見世物小屋 / 明治通り / 新宿

大酉祭 (酉の市) 二の酉 本祭 / 花園神社

花園神社の「酉の市」に行ってきた。花園神社は花園稲荷神社でもあり大鳥神社 (祭神:ヤマトタケル命) でもあるので、酉の市も賑やか。280もの露店が出るという。歌舞伎町に熊手を奉納?していた頃もあった・・そこかしこから聞こえてくる拍子木を使った手締めの音を耳にすると思い出す。
ヤマトタケルが戦勝祈願に立ち寄り、社前の松に熊手を掛けてお礼参りをした浅草の鷲神社 (祭神:天日鷲命、ヤマトタケル命) が酉の市の元祖。天日鷲命 (あめのひわしのみこと) は大嘗祭、麁服 (あらたえ) の三木家で有名な阿波忌部の祖。

大酉祭 (酉の市) 二の酉 本祭 / 花園神社

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オテル・サロモン・ド・ロートシルト庭園

オテル・サロモン・ド・ロートシルト庭園 Hôtel Salomon de Rothschild (1878) の庭園部分は一般に開放されている。バルザック通りの方から入れる。
南向きなので日陰もあれば日当たりもある。しかも静かだ。

Jardin de l’Hôtel Salomon de Rothschild / Avenue de Friedland

パリの市章 1894 バルザックの屋敷跡

バルザック通りに貼られた銘板にあるパリの市章 (1894) 。当時使用されたパリ市のロゴと言った方が正確だが。
バルザック Honoré de Balzac (1799-1850) が購入し (1846) ここで亡くなったバルザックの屋敷 Maison de Balzac は取り壊され、オテル・サロモン・ド・ロートシルト Hôtel Salomon de Rothschild の一部になってしまっている (1890) 。
「人間喜劇」の作者、オノレ・ド・バルザックがここで幕を閉じたことを示すこの銘板とバルザック通り Rue Balzac の名に往時が偲ばれる。また、右に進んだところのジョルジュ・ギヨマン広場 Place Georges Guillemin にバルザックの像 Statue Honoré de Balzac が置かれている。

Blason de Paris / ancienne Maison de Balzac / Rue Balzac

「ポン・ヌフ広場のアンリ4世の騎馬像」とパンテオン

   depuis  2001

パンテオン (1792) を背景に、シテ島のポン・ヌフ広場のモニュメントであるアンリ4世の騎馬像 。1618年に設置された「アンリ4世 (在位:1589-1610) の騎馬像」はフランス革命時に破壊されたが後に復元された (1818) 。ルイ13世となる息子のために名付けたドフィーヌ (王太子) 広場 (1611) を向いている。フランソワ・レモー François Lemot (1772-1827) の作品

Statue équestre d’Henri IV / Place du Pont Neuf / Panthéon

パリの街燈 réverbère 53 ヴァロア通り

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Colonnes de Buren/Les Deux Plateaux / Palais Royal / Place de Valois / Rue de Valois

ヴァロア通り Rue de Valois の街燈。
嘗て、オルレアン公ルイ・フィリップ Louis-Philippe d’Orléans (1747-93) / フィリップ平等 Philippe Égalité の所有だったパレ・ロワイヤル。
税対策で切り離した (1784) ヴァロア広場 Place de Valois 、ヴァロア通りからフランス革命時に没収された (1793) パレ・ロワイヤルを覗くと、中庭にあるビュランの円 (列) 柱 Colonnes de Buren/Les Deux Plateaux が見える。